窪田先生は「建築はエンターテイメント」と言われましたが、詳しく教えてください。
まず、建物は地面に固定してあるので、当然ながら動きません。
それに比べてアニメや映画は映像や音が動き、変化があって「おもしろい」と皆さん思われるでしょう。
その点で考えると固定している建物、つまり建築は「動かないから変化しない = 楽しくない」と思いがちですがどうでしょう。
そう思います。
ところが、実はそうとも言い切れない。
なぜなら「建築は動かないから変化がない」という認識そのものが誤りなんですから。
どういうことですか?
アニメや映画は、映像や音が限界を超えた動きで、ストーリーが展開されます。その動きの強烈さとストーリーの変化に対して観客は笑ったり泣いたりしています。 ただ、その時、観客自身は椅子に座って一切動きません。つまり自分は現実として参加出来ないストーリーを、目と耳で追いかけて頭の中だけのバーチャルな世界を楽しんでいるのです。
しかし建築は、まるで違います。観る側の自分が、固定された建築に向かって歩き、進むごとに自然と建築、そして自分が創り出すストーリーを体験します。動かず退屈なはずの建築なのに、自分自身が動く事で、段々と変化するストーリーを、視覚、聴覚に加え、触覚も嗅覚も、感覚をフルに使って、ワクワク、ドキドキしながら強く深くリアルに “体感” する。自分自身が主役として参加し、自分が動かなければストーリーも始まらない、自分が創り出す自分のための「体感芸術」が建築なんです。
自分自身が動くことで物語が始まるということですか。
その通り。さらにいうとね、漫画やアニメ、映画などは作者によって最初から最後まで一つのストーリーが完成しているでしょ。ところが、建築のストーリーは、建物を建てたからといって完成ではありません。 光や風などの自然界全てがストーリーの一部ですから、建物の完成後もストーリーは変化し、展開し続けているわけです。自然界の状況に応じて建築は次々と変化していくから、ストーリーも無限に存在し、一つとして同じストーリーは無いんです。
建築は常にその表情が変化し続けるということですか?
そう、自然界の光や風は常に動いているし、変化し続けているからね。晴れている時や雨が降っている時、1日の中でも刻々と変わるし、1年を通しても変わり続ける。もちろん10年、20年先もね。そうした自然と時間による変化が飽きる事のない無限のストーリーを創っていくんです。
まるで脚本家みたいですね。
一つのクライマックス(最終目標)に向けてどんなストーリーを描くか。私自身は、建築の設計を始めて以来、クライマックスは、いつも『心を自由へと解放する』ことを目標と定めています。その目標に向かってストーリーを組立て、クライマックスへと進んでいく。例えば、ある日差しが建築の中に差し込んで、その光と空間の交わりが心を暖かくさせ、ホッとする瞬間をもたらすような、そんなストーリーの建築を設計するんです。勿論、そのストーリーも、クライマックスも、全てがここを利用する人のためであり、その人のために考え、創り出していきます。これが建築を設計する原点で、設計を勉強する上での出発点です。
ということは、建築の設計者はさながら脚本家であり、演出家でもあるといえますね。登場人物である住人はキャスト。し かも脇役ではなく主役というわけですね。
そうなんです。建築を体験する住人が主役で、自然や建物がストーリーを織りなす脇役です。だから建築は、体験者にとって本当にリアルで永遠に終わりのないエンターテイメントなんです。
そうなると建築作品は、まるで大作映画のようです。。
もちろん、ここで設定するストーリーが、いつも設計者の想定どおりに進むわけではありません。ですが、 そういうことを考えて建築を設計すること、言ってみればそれが建築を設計する主な課題であり、最大の難関、最高の醍醐味です。
そう考えると、建築家は総合プロデューサーともいえそうですね。 ですが、アニメや映画の世界で、実際に脚本家や演出家、プロデューサーなどになる人はごくわずか。高校生が進路を考える時に、アニメや映画、音楽などが好きだとしても、だからといって芸術大学や音楽大学などへの進学を目指す学生は少ないように感じます。 多くの学生は「好きだけど、専門大学に進むほどのレベルじゃない」と思って専門大学への進学を希望せず、それとは違う学部への進学を選択するケースが多い印象です。
実はそういう学生の中にこそ、建築をやるべき人は数多くいるんですよ。今まで話してきた様に、建築はアニメや映画、漫画などと同じクリエーションの世界にあるわけですし、他のクリエーションと違って、ほぼみんな建築のスタートは大学からなので、小、中、高時代の積み重ねによる差はとても少ない。全員がゼロスタートのクリエーションだと言うところも面白いじゃないですか。
「漫画は好きでも、漫画家を目指すほどじゃない」 「映画は好きでも、映像の道に進むほどじゃない」 「音楽は好きでも、音大を目指すほどじゃない」 「絵を描くのは好きでも、美大に行くほどじゃない」と、未来を決定するには不安が付きまとうのが当然です。未来を決めるなんて、そんなに簡単じゃない。ただ未来の方向として、クリエーティブで楽しい世界にいってみたいと思っているのなら、建築に進んでみたらおもしろいはず。
日本では建築が楽しいエンターテイメントだとは思われていませんが、実は海外ではまるで逆なんです。年輩者は当然ですが、建築はエンターテイメントだとして世界中の若者が取り組んでいます。皆さんも漫画や映画、音楽や絵などが好きと思っている時点で、クリエーションの感性を持ち合わせているし、建築には国家試験があって社会と深くつながっている事も自分の未来を築く上でとても重要だと思います。国家試験があると言う時点で、社会が求めている人材である事は、明らかですしね。
なるほど。エンターテイメントに興味さえあれば、建築のおもしろさに気づけるかもしれないし、社会との接点を見つけられるかもしれないのですね。
そうです。そしてもっと多くの人に、そのことに気づいてほしいと思います。建築は「エンターテイメント」であり「体感芸術」。そして国家資格も取得出来、社会が認め、求めているクリエーターだと言うことを。だからこそ、まずは自分がその世界に入って、建築に秘められたストーリーを実際に体感してほしい。これまでに感じたことの無い感動の未体験ゾーンを。そのストーリーを楽しむためのコツやヒントは、当学に来られたら、いつでも教えますからね。